鏡像体が重ねあわせられないときにエナンチオマーとなることはすでに述べた(エナンチオマーの項参照)。キラル炭素があると、そのまわりの4つの原子団の結合順によって、R-体、S-体と2つのエナンチオマーが定義できることは「RとS」の項で述べた。
では、分子内に複数のキラル炭素があったらどうなるだろうか? おのおののキラル炭素上において「R-配置、S-配置」がありうるわけである。n個のキラル炭素があったら2nの組み合わせがありうることになる。
(R,S,R,S)-体と、(S,R,S,R)-体の様にすべてのキラル炭素上の配置が逆(R配置とS配置は“逆配置”と言うことが多い)であれば、分子としてはエナンチオマーとなるが、(R,S,R,S)-体と(R,R,R,S)-体のように、完全に逆でない(つまり、どれか同じものがある)場合は、鏡像体とはならない。この場合も、立体異性体ではあり、ジアステレオマー(diastreomer)という。つまり、立体異性体のうち、エナンチオマー以外のものはすべてジアステレオマーである。
エナンチオマーは、比旋光度以外の物理化学的性質がすべて等しかったが、ジアステレオマーはどうであろうか? 実は、ジアステレオマーどうしは、これらの性質は異なる(似ていることもあれば、全く違うこともある)のである。つまり、ジアステレオマーは“違う化合物”として振る舞うのである。
生体に含まれる分子の中には、キラル炭素をたくさん持ったものが多いが、そうなると理論上はジアステレオマーがたくさん存在することになる。大抵の場合は、そのうちのたった一つだけが活性を持つわけであるが、化学的にそれらを合成するときには、ありうるジアステレオマーの中の一つだけを作りわけることが必要となる。これは、非常に大変なことなのであるが、現代の不斉合成化学では、かなりのところまでが可能となっている。人工的にジアステレオマーを作ってみて、天然品よりも活性のあるものを探す、などということも可能なのである。(実際には、天然品が最も高活性のことが多いのだが、どのキラル炭素の配置が“一番活性に重要か”を調べたりすることには役立っている)