ラセミ体固体について

 ラセミ体というのは、両エナンチオマーが等量混ざっている状態である。

 均一溶液であれば、R-エナンチオマー:S-エナンチオマー=1:1で、ケリがつくのであるが、固体(結晶)状態であると、実は、そう簡単ではない。
 1グラムのラセミ体があれば、その中には0.5グラムのR-エナンチオマーと0.5グラムのS-エナンチオマーが含まれているのは確かなのであるが、その“含まれ方”には以下に示すように3通りある。

  1. ラセミ混合物
  2. 結晶1つ1つは単一のエナンチオマーから成り立っている。
  3. ラセミ化合物
  4. 1つ1つの結晶が両エナンチオマーの対から成り立っている。
  5. ラセミ固溶体
  6. 1つ1つの結晶に存在する両エナンチオマー比は一定ではないが、結晶全体のエナンチオマー比は50:50になっている。


 一般的に「エナンチオマーを等量混ぜた」というと、(3)のラセミ固溶体が一番近いイメージなのだと思うが、(1)や(2)も結構存在するのである。

(1)の場合、結晶一つ一つは、純粋なエナンチオマーである。ある程度大きく結晶を成長させてから、一つ一つの旋光度を測定すると(最近では、旋光度測定しなくてもキラルHPLCでも調べられるようになったが)絶対値が等しく符号が逆、である。実は、パスツールがルーペで分割した酒石酸アンモニウムナトリウムの結晶パスツールの項参照は、このラセミ混合物である。最近では、アキラル(キラルでない)な添加物を加えることにより通常結晶をラセミ混合物化することにより光学分割するという手法も開発されている。

(2)は、R-エナンチオマーとS-エナンチオマーが一対となり、あたかも一つの分子のように振る舞うものである。これは、結晶をどのように砕いても旋光度はゼロである。結晶中では、比較的よくある現象であるが、実は、溶液中でもある程度は起きている現象である。ラセミ化合物が溶液となる際には、最初にエナンチオマー間の相互作用を断ち切るわけだが、相互作用が比較的大きなものでは、しばらくはラセミ化合物としての挙動をしめすことがある。極端な例であるが、R-エナンチオマー60%、S-エナンチオマー40%の混合物の溶液において、80%の“ラセミ化合物”と20%のR-エナンチオマーの混合物としての挙動を示すこともあり得るのである。

 片方のエナンチオマーのみに活性がある医薬品というのはたくさんあるが、通常は活性のないエナンチオマーに副作用がないのならラセミ体で倍量飲めばよい。しかし、溶液中でもラセミ化合物的挙動を示すようなものであると、ラセミ体を摂取すると、活性なエナンチオマーの体内挙動が異なったものになってしまうものも、ありうるのである。場合によっては、“ラセミ体による調査”が必要となることがあるというわけである。
 実は、同じようなことは、純粋な化学の世界にもある。詳しくは、不斉合成、の項で述べる。